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インタラクティブ3Dグラフィックスは最新の発明され、現在、一般的になりつつあるメディアジャンルである。「技術としてあるメディアが生み出されたとき、必ずそれを応用したアートを作ろうとするアーティストが出てくる」とは歴史の事実である。
コンピューターが発明された後、ホイットニー兄弟により製作された初のコンピューターアニメーション「ラピス」や、ビデオが発明されるやいなや、ナム・ジュン・パイクはすぐさま「ビデオアート」を宣言した、などなど。もちろんインタラクティブ3Dグラフィックスは20年以上前からあった。当時、エバンス&サザランド社の高価なベクタースキャンの装置とスーパーコンピューターを使えば、ワイヤーフレームであるがビル街をウオークスルーしたりすることができた。しかし、その鑑賞手段がだれにでも、安くどこでも手軽に手に入るようにならなければ、本当に表現ジャンルのひとつとして定着しない。
インタラクティブ3Dグラフィックスの技術を使ったアートを「ワールドアート」と呼ぶことを宣言しようと思う。 1)ワールドは十分な広さと複雑さを感じさせる
Virtual Realityはまず、ただそこにあるだけのコンピューター内の世界である。世界を体験するということは、ちょうど旅に出るようなものである。
題材として取り上げられる世界とは、興味深いものでなければならない。
世界は十分な複雑さとスケール感を持っている必要がある。
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2)モデル、マテリアル、テクスチャ、ライト、サウンドは十分な説得力をもつ
説得力を持つモデリングはポリゴン数を増やし、テクスチャやサウンドは大量のデータを食う。
抽象構造主義芸術家は、「具象性はいらない」といい、たとえば、球と立方体だけで、ワールドを作るかもしれない。「これは、球をクリックすれば、そっちの立方体が回転し、そっちの球は別のワールドへリンクしている.... 構造的には君のワールドと同じものだね。」と彼は言うかもしれない。しかし、彼は大切なことを忘れている。 3)ワールドはインタラクティブで因果関係を持っている 現実の世界はインタラクティブなものである。自分の働きかけに反応する。ドアは押せば開く。電話は鳴って、受話器をとれば話声がする。石を投げれば落下し、池に落ちればチャポンと音をたてて波紋ができる.....などなど.....
また、ワールドは因果関係に満ちていなければならない。いわゆる風が吹けば桶屋が儲かる、というやつである。
草に水をやれば育ち、それを牛が食べる。牛が死ねば肥やしとなり、また環境は豊かになる.....
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4)ワールド内に住むキャラクターはナールな行動をとる
ナール(gnarl)とは、ルーディ・ラッカー命名による「カオスの縁」におけるふるまいである。 5)ワールドは存在自体に意味がある
たとえばワールドで3Dゲームを作りたいのなら、3Dゲームをやれば良いのである。 そう、現実世界同様、ワールドは存在するだけで意味があるのだ。
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