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VRML芸術論

Ryoichiro Debuchi

目次

科学/芸術進化論
コミュニケーションとしての芸術表現
クジラの言語とVRML

科学/芸術進化論

 科学/芸術で人は何を創造したいか、何を発明したいか、何を表現したいかと言う 内容(コンテンツ)に何か法則はあるのだろうか?
 科学技術というものは、すべて人間の生物としての根源的な欲求、 本能を原動力として発達してきたはずである。

 生物の第一段階の欲望は、「なるべく楽をして生きたい」ということである。
動物は生きるために、エサをとったり、敵から逃げたり、住みかを作ったり、移動し たりするのだが、それら疲れる行動をなるべくとりたくないのである。

 科学は人間の基本的行動をすべて楽にすることから始まった。食料を恒常的に確保 するための農業技術、作物を良く育てるための薬を作る化学や機械、自分より強い敵 を倒す武器、家や町を肉体を動かさず作る技術や、苦労せず遠くに早く移動するため の装置.....などなどである。
 疲れる行動は、危険をともなうものでもあるので、なるべく隠れ家にじっとしてい たいという本能から来ているのかもしれない。明日は食べ物が得られるだろうか、今 日は敵に襲われないだろうかと、毎日不安とイライラにさいなまれながら生きるのは いやなのである。安定を求める恒常性の維持という本能といえる。

 第一段階の欲望がほぼ満たされて、まあ、安心して暮らせる世の中になると、次に 人間に現われてきたのは、「より長く生きたい」と言う欲求である。 医学の発達は、当然こういう欲望の直接の結果である。
 もう少し、ひねった手段として、「情報の交換」に関するものがいろいろ発明され た。 言葉に始まり、文字、絵、印刷技術、映画、テレビにコンピューターといったもので ある。
もともと、情報を交換して蓄積して行くことは、よりこの世でうまく生きて行くのに 重要なことである。

それら、「情報の交換」技術は、余裕ができた人間特有の「遊び」と言う行動によっ て、「表現」と言うものに変わる。これが芸術の始まりである。
 情報交換技術による体験の重要なことは、それは自分が体験していないことを、疑 似的に(今風に言えばバーチャルに)体験させてもらえるということである。
人間は長生きすると、より多くのことを体験するであろう。人間が決められた寿命し か生きられないのならば、より多くの体験を疑似的にでもしていきたい、と言う欲望 が深層心理としてあるのではなかろうか。

 こうして、科学の発達と芸術表現は二人三脚で、より現実に近い体験をバーチャル に与えるシステムを編み出し続けてきた。物語、演劇舞台、油彩、写真、レコード、 映画、ビデオ、3D映像にマルチメディア、コンピューターグラフィックス、そして コンピューターによるVRなのである。
科学は、直接脳にリアルな経験を流し込むか、現実そのもののテーマパークを作るか 、そういったものを生み出す方向に進化し続けて行くのだろう。さまざまなSFで語ら れている通りである。